エンディングノートを始める方へ

少し前までは、エンディングノートとは言わず、「遺言」として、最期を託す意味合いのものでした。

「終活」という言葉が生まれたのも、2009年ころといわれていますので、ほんの12年ほど前の事ですね。

団塊の世代や家族の縮小化(少子化)バブル崩壊から、人生をより見直す人が多くなってきたのではないでしょうか?

少し前までは、縁起でもないといわれていた「葬儀」の事や「お墓」の事を考える中で、今までの価値観が大幅に変わってきている時代になってきました。

葬儀は、大規模な葬儀から家族葬 そして、直葬といわれる、葬儀をしない方が増える一方で、お墓は、散骨や樹木葬といったお墓に眠るという昔から慣習の壁が取り壊され、新しい葬送の在り方が広まってきました。

そんな中で、自分の人生を振り返り、残りの人生を安心して過ごすために「エンディングノート」を書く方が急増しています。

書店には数十冊のエンディングノートが販売されてります

一度、大型の書店に足を運んでみてください。

そこには、数十種類のエンディングノートが販売されています。

あまりの多さに私も驚きました。

「行政書士の書いたエンディングノート」

「弁護士の書いたエンディングノート」

「芸能人の書いたエンディングノート」

「僧侶の書いたエンディングノート」

「お一人様のエンディングノート」

「女性のためのエンディングノート」などなど

挙句の果てに、「ホワイトノート」という真っ白なノートも発見しました。

形は、ハードカバーの立派な本になっていますが、中身は真っ白なので、ご自分ではじめからつづっていくものです。

終活とは

終活講座
豊島区民カレッジ「巣鴨とげぬき地蔵 終活講座」

 

さて、終活とは何でしょうか?

最近では、終活カウンセラーといわれる方が、数万人誕生したと耳にしました。

まさに時代は、終活ブーム 終活をすることで、よりよい人生を築いていくために、このページがお役に立てましたら幸いでございます。

終活で行う初めの一歩「エンディングノート」

終活には、様々な事柄があります。

まずは、財産の事

これには、注意が必要です。相続の問題になると、法律的な事も関係してきます。もちろん相続税の事も。

ですから、安易にエンディングノートに書き残しておいたことによって、遺された遺族が「相続」ならぬ「争族」となったというケースは非常に多くあります。それも、不動産を含めて2千万以下の中途半端な金額の方が多いのです。

相続税を引いて、数百万円や数十万円の相続のために家族がバラバラになったという話は、よく耳にするのではないでしょうか?

ですから、財産の具体的な事は、行政書士に依頼して公正証書遺言できちっとされておかれることをお勧めします。

次に自分の介護・最期の時について

あなたの最期は、どのようにしてもらいたいでしょうか?

「自宅の畳の上で死にたい」といわれた言葉は、今では死語となりました。ほとんどその夢はかなえられません。

たとえ、夢がかなって畳の上で死ねたとしても、自宅でなくなると、事件性がないか?など警察の検視が入ります。

かかりつけ医がいて、毎日のように往診に来てくれていてその意思が証言するのであればすんなりと死亡は認められますが、医師にもかからず、自宅の畳でなくなったとなれば話は別です。

ひどい場合、遺体は、法医学者にもとにつれられ、死体検証されることになります。外傷はないか?胃の中の残留物?さまざまな法医学の検死がはいって調べられ、数日後に戻ってくることになります。

亡くなった本人もそうですが、遺された遺族は殺人者扱いされたうえで、悲しむ暇もなく警察が自宅に押し入り、事情徴収(警察の本分は疑ってかかることが常ですので仕方がないのです)

そしてやっと自然死と判断されて葬儀の段取りとなります。

私の知り合いの老夫婦の奥様がお風呂場で倒れ亡くなっていたという出来事がありました。

別れを悲しむどころか、事情徴収や検死など、とても大変だったと話を聞きました。

このように、最期は、病院で亡くなるのが一番いいのです。

しかし、延命治療はどうしますか?

先日、知り合いの方がお亡くなりになりました。

実に、16年間の延命治療だったそうです。

最近の医学はすごいですね。人工呼吸器と点滴でいつまでも生かせておくことが可能になった時代です。

脳梗塞などで倒れた場合、医師に聞かれます、「延命治療は行いますか?」

家族としては、大切な方を亡くしてはいけませんので、出来る限りのことを望みます。

「もちろん、よろしくお願いします」と脳死状態であるにもかかわらず、延命治療が始まります。

一度、延命治療が始まれば、だれもそれを止めることが出来ません。

家族が見かねて、機器のスイッチを切ったという事件もありました。その場合も、家族は殺人という事になってしまいます。

そんな事件もありましたね。

最初は、家族は何とか回復してほしいと長いお見舞いに行ったことでしょう。しかし、これが16年間という長い時間、家族も年を取り、入院費など、精神的・経済的にとても大変だったと推測します。もっとも、本人はわかっているか?どうか?は定かではありませんが、寝たきりの状態であれば、きっと早く楽にしてほしいと願っていたに違いないと考えるのは私だけでしょうか?

脅すような話になってしましたが、エンディングノートに一言「延命治療はしない」

もしくは、「治療の見込みがない場合は、延命治療しません」という一言を遺しておくだけで、遺族はどれだけ救われるでしょうか?

もし、この一言がなければ、子供としても何とかしたいと考える。しかし、お医者様に「延命治療どうしますか?」と聞かれたときに

「しません」と答えた遺族が、後で、「後悔の念」にさいなまれる事になります。俺が命を止めてしまったという罪悪感も残ってしまうでしょう。

家族のためにも、この一言は、しっかりと遺しておくことが大切ではないでしょうか?

葬儀について

自分の葬儀はどうしたいのか?

どうありたいのか?

誰に連絡してほしいのか?

希望を書いておくことも大切です。

葬儀は、たった一度の本番です。本人はわかっていても、家族はその交友関係までわかりません。

連絡先など残しておきましょう。

重要な遺影写真

葬儀は急なる場合がほとんどです。ですから、遺影写真がとてもけったいな場合も多く見かけられます。

数十年前の結婚式の写真など、現在の面影とは全く違った写真も少なくありません。

その遺影写真は、ほとんどの場合、捨てられることなく、ご自宅に掛けられ、残っていくものです。

生前のうちに、写真を用意しておかれることは、自分のお気に入りの写真であるという点もありますが、遺族の写真を探す手間も少なくなります。

いつまでも、気に入った写真を遺しておきたいものですね。

ちなみに私の母の遺影写真です。母は生前のうちに用意しておりました。

私もいつもニコニコ話しかけていてくれるようで、お気に入りの写真です。しかし、父の写真は残念ながら・・・

お墓について

お墓についても困ることです。

お墓がない方は、遺族がそのあとどうするか?新しいお墓を立てればいいのでしょうが、先祖代々のお墓がある場合はどうでしょうか?

それは、お墓を引き継ぐだけでなく、檀家を引き継ぐことでもあります。

これまでは、本人んがしてきたことが、今度は、お子様にバトンタッチです。

仏事の事を知らない子供たちのためにしっかりと引き継いでおくことが大切です。

ただ、お墓が遠方にあるなど、子供たちが引き継ぐことの負担も考える必要があります。

この先、田舎の先祖代々のお墓を子供たちが守っていけるのか?

子供がいない。結婚していない。娘だけなどの場合、いずれは、絶えてしまう事になります。

その場合は、元気なうちに、ご自分の手で墓じまいされておかれることが良いでしょう。

一番大切な事

ありがとうを遺すことです。

私は、2006年に「私の人生史」というエンディングノートを出版しました。

それから、様々にエンディングノートや終活 戒名についてお話ししてきました。

全国120回以上 NHKや読売ホールなどで講演をしてまいりました。

たくさんの方の死も送ってまいりました。

そこで一番大切だと思ったのが、「ありがとう」を遺すという事です。

様々な親子の関係はあっても、この宿縁は切ることが出来ません。

ケンカをしても、親子であることは変わりません。

亡くなってからも、憎しみあうのではなく、「ありがとう」と感謝の言葉を残しておくだけでどれだけ遺族は救われるか?

そして、自分の人生を振り返るうえで、一番大切な「ありがとう」の発見が出来るのです。

過去を振り返り、たくさんのありがとうがあったことに気づきます。

自分の人生が、無駄なものではなく、たくさんの方の支えがあって生きて来れれました。

感謝の思いが、心の奥底から沸き立ってきます。

そんな思いを込めて、2018年「ありがとう帖」というエンディングノートの第2弾を発刊させていただきました。

エンディングノートは、過去を振り返り、未来を見つめ、今に感謝する

さあ、始めてみましょう。エンディングノートのはじめに